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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)4078号 判決

申請人 瀬戸修

被申請人 鳩タクシー株式会社

主文

申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

申請費用は被申請人の負担とする

(注、無保証)

事実

申請代理人は主文同旨の裁判を求め、その申請の理由として、

一、申請人は、タクシー営業を目的とする被申請人に昭和三二年七月タクシー運転手として期間の定めなく雇用されたものであるところ、昭和三三年七月八日被申請人より「運行管理人の業務命令に従わなかつた。」との理由で同年八月八日を以て解雇するとの意思表示を受けた。

二、しかし、右解雇事由は単なる口実に過ぎず、被申請人の申請人に対する解雇は、後述するような申請人の組合活動をその真の理由とするものであるから、労働組合法第七条第一号に違反し、無効である。即ち、

(1)  申請人は、被申請人のタクシー運転手により昭和三三年五月八日鳩タクシー労働組合(以下「組合」と略称する。)が結成されると同時にその副執行委員長に選任され、爾来同年六月八日組合解散に至るまでその地位にあつて活溌に活躍した。

この間被申請人は、組合からその結成の翌日組合結成の通告を受け、続いて同年五月一一日を期日として第一回の団体交渉を申入れられたにもかかわらず、組合を無視して右申入に応じなかつたのみならず、組合が団体交渉の予定日に指定した当日乗車勤務であつた申請人及び申請外中原清士(当時組合書記長)に何ら正当の理由なく下車勤務を命じた上、中原清士に対しては解雇の内意をさえ表示し、その後組合の再三に亘る反対にも耳を藉さないで、同年五月二六日中原清士に対し、臨時雇用期間満了を理由に解雇を強行したほか、更に組合員に働きかけてその一部と非組合員とを会員とし、被申請人の代表取締役太田邦彦を名誉会長とする「親睦会」なる団体を結成させ、同会の会員には各種の便宜を供与して組合員と差別待遇をする等の方法により組合の切崩しを図つた。

このため組合の組織を維持することが困難となつたところから、組合は、親睦会と協議の上、両者を解散して各自の構成員を合体した新しい組織として発足することを決定した。かくして同年六月八日新しい組織の性格を被申請人の本採用従業員全員の投票に問うたところ、新たに労働組合を結成すべきであるとの結論に到達した。被申請人は、その会合の解散を命じたりなどしたのであるが、右のように再び労働組合結成の気運が高まるのを知つて、急遽任命した班長を以て「班長会」を結成させて労働組合の結成を妨害しようと試みた。

(2)  このような折柄同年七月七日被申請人の営業主任山川博は、申請人等当日明番の運転手を集めて稼働時間について被申請人の方針を示達した際に、申請人がその変更を希望したのに憤慨し、翌八日申請人に対し上司の命令を無視したとして始末書の提出を要求したけれども、申請人がこれを拒否したので、前記のような理由により同年八月八日限り申請人を解雇する旨の書面を申請人に手交した。

(3)  しかしながら申請人は被申請人が申請人に対する解雇理由にいうような上司の業務命令に従わない言動に出た事実はないのであつて、右(1)及び(2)に述べたような事情に鑑みるときは、被申請人の申請人に対する解雇は、組合を極度に嫌悪する被申請人が申請人において組合の中心人物として組合活動を活溌に行つたことを真の理由としたものであることが明白であつて、不当労働行為に当るものとして無効である。

三、してみれば申請人は依然として被申請人に対し前記雇用契約上の権利を有する地位にあるものであるところ、被申請人においてこれを認めようとしないで、申請人は、被申請人に対し雇用関係存在確認等の訴を提起すべく準備中であるが、その判決確定までの間被解雇者として取扱われることは、賃金のみによつて生計を営まざるを得ない申請人にとつて著しい損害を生ぜしめるものであるので、本申請に及んだ次第である。

と述べた。(疎明省略)

被申請代理人は申請却下の裁判を求め、答弁として

一、申請理由一の事実は、被申請人の申請人に対する解雇の意思表示の日時を除き(その日時は昭和三十二年八月九日である。)認める。

二、被申請人の申請人に対する解雇が申請人の主張するように不当労働行為に当ること及び申請人が本件仮処分申請をする必要性を有することは争う。

三、被申請人が申請人に対して解雇の意思表示をするに至つた理由としての申請人の業務命令違反とは、左に述べるような事実である。

昭和三三年七月七日被申請人の営業担当者山川博が被申請人の運転手全員に対し、その稼動時間については、被申請人の定めたところに従い、朝八時に出庫して翌朝午前二時までに、止むを得ない場合にも同午前四時までに帰庫するよう指示を与えたのに対して、申請人は、帰庫時間を午前六時に変更しなければ、その指示に従うことはできないと主張した。同月九日朝山川博より重ねて、申請人の主張は絶対に認められない旨申述べてその撤回を要求したが、申請人はこれを拒否し、なおも山川博において、そのように被申請人の業務方針に反対する以上、申請人を就業させることはできないとして飜意を求めたが、申請人は飽くまで態度を変えなかつた。被申請人としては、かくては到底社内の秩序を維持することができないところから、止むなく同日申請人に対し申請人主張のような理由を附して解雇の予告をしたのである。従つて被申請人が申請人を解雇したのはその組合活動と毫も関係のないところであつて、不当労働行為の成立する余地は全く存しない。

と述べた。(疎明省略)

理由

一、当事者間に争いのない事実

申請理由一の事実は、被申請人が申請人に対して解雇の意思表示をした日時の点を除いて、当事者間に争いのないところである。

二、そこで右解雇が申請人の主張する如く不当労働行為に当るものであるかどうかについて考えてみる。

(一)  申請人の組合活動及びこれに対する被申請人の態度

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一、三、四号証、証人中原清士の証言により真正に成立したものと認める甲第二号証、証人山川博の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証(但し、後記採用しない部分を除く。)並びに証人中原清士、同山川博(但し、後記採用しない部分を除く。)の各証言及び申請人本人尋問の結果を綜合すれば、つぎの事実が認められる。

(1)  被申請人(以下「会社」という。)には以前労働組合があつたが、委員長その他の役員達が相ついで会社を退職したため、右組合は消滅に帰していたところ、申請人等の努力により昭和三三年五月八日鳩タクシー労働組合(以下「組合」という。)が新たに結成され、申請外星野昭二が委員長に、申請人が副委員長に、申請外中原清士が書記長にそれぞれ選出された。翌九日、組合は会社に対し書面を以てその結成を通知するとともに同月一一日に低賃金及び仮眠室設備の改善につき第一回の団体交渉を行いたい旨の申入れをした。

(2)  会社は組合の結成を無視し、右団交の申入に対しても何らの応答をしなかつたのみか、組合が団体交渉の期日として申入れた同月十一日の午前七時四五分頃会社の運行管理人(従業員に対する指導、監督、人事及び配車に関する業務等を担当する。)山川博は、運転手の出庫時間である午前八時にまだ間があるにもかかわらず、折柄組合の執行委員倉持理男と話合つていた申請人に対しことさらに出庫を促し、これに応じなかつたとの理由で申請人に下車勤を命じたほか、当時本採用前の運転手であつた中原書記長に対しても特段の理由を明示することなく下車勤を命じた上、雇用期間満了と同時に同人を解雇する内意である旨を通告した(甲第二号証及び証人中原清士の証言中において、右両名の下車勤を命じられたのが五月一三日であるとされているのは、同月十一日の誤りと解する)。

(3)  同月一三日組合は前記三役を交渉委員として、会社と中原清士の解雇問題につき団体交渉をしたところ、会社の代表取締役太田邦彦から「会社に内密で作つた現在の組合は認められない。組合を白紙に戻して結成し直せば団交にも応じるし、中原の解雇も一応白紙に還す。」旨の回答があつたので、組合もこれを了承した。

(4)  かくして新しい組合の結成大会は会社の指示する同月一八日に会社の修理工場の二階において開くこととしてその準備が進められていたところ、この間比較的古くから会社に勤務している従業員及び試採用者等が会社の示唆と後援により「親睦会」なる団体を結成し、組合員の一部にも組合を脱退してこれに加入するものが出て来た。組合はこのような情勢を黙視できないとして新組合結成を中止することとし、新組合結成大会の開催を予定していた同月一八日に自らの臨時大会を開いて討議した上組合を従来どおり存続させることを決議したのであるが、その際山川博は右大会を解散させようとして拒絶されるや、組合員の乗務すべきタクシーのキイと車検を取上げて組合員の乗車を妨害しようとするようなこともあつた。組合は会社の右のような組合に対する処置を不当であるとして会社に抗議を申入れ、種々折衝した結果、同月二〇日頃に至つて、会社は、組合員を本採用者に限定し、上部団体に加盟しないことを条件に組合を認めるということになつた。

(5)  ところが同月二六日会社は試用期間の経過した中原書記長を引続き雇用する意思がないとの理由で正式に同人を解雇した。組合は右解雇の不当を主張してこれを撤回させるべく努力しつつも、組合運動の経験者である中原清士の活動を封じられたためもあつて組織の維持が困難となつたところから、申請人と星野委員長とが相談の上、組合と親睦会とを合体すべきであるとの結論に達し、この点につき親睦会の会長であつた石神健一の同意を得たので、その旨を会社に通告してその賛同を得た結果、同年六月八日本採用者全員四〇名が会社の修理工場二階に集合し、組合の星野委員長及び親睦会の石神会長よりそれぞれ組合及び親睦会の解散を宣言した後、続いて新たに結成すべき組織の性格を如何にするかについて討議が行われたところ、最初のうちは従前の親睦会のような性格のものとして発足すべしとの意見が多かつたけれども、これに強く反対して新しい労働組合を結成すべきであるとの申請人の主張が大勢を制するに至つた。この形勢を察知した山川博は星野委員長及び石神会長を呼出して会合の解散を求めたが、討議は続行され、無記名投票の結果労働組合案に賛成する票が三一、親睦会案に賛成する票が六、白票が三で、労働組合案が採択された。山川博はなおも右決議を容認することはできない旨宣して散会させようとしたが、新しい労働組合結成の準備委員として星野昭二、石神健一等一〇名を議長指名により選出してこの日の会合を終つた。なお、申請人は右準備委員に指名されたが、旧来の組合の副委員長であつた者が準備委員に加わるのは適当でないと思料して辞退した。

(6)  その後会社は新しい労働組合の結成に先立つて同月二一日頃新たに運転手の班長八名(この中には先に新しい組合結成の準備委員に選出された旧組合委員長星野昭二及び旧親睦会々長石神健一も含まれていた。)を任命し、これをA班よりD班までに各二名ずつ分属させ、且つ「班長会」なるものを結成させたのであるが、かくするうち新しい組合結成の運動は結局自然消滅に終つてしまつた。

右認定に反する乙第一号証及び同第三乃至第五号証中の記載並びに証人山川博の証言はこれを採用しない。

右に認定した事実からするときは、会社の代表取締役太田邦彦及びその運行管理人山川博は、かねてから組合の存在を快しとせず、或いはこれを無視するような態度を示し、或いはその拡大強化されることを妨害するような処置を講じて来たほか、組合の副委員長として組合活動を行つていた申請人を嫌悪していたことが明白である。

(二)  申請人に対する会社の解雇理由

会社の申請人に対する解雇理由が、申請人において会社の運行管理人山川博の業務命令に従わなかつたというにあることは、当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一号証、乙第二号証、乙第五号証及び証人山川博の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証並びに証人山川博の証言及び申請人本人尋問の結果(但し、右乙号各証及び右証言中後掲排斥する部分を除く。)を綜合すれば、右の解雇理由とされた具体的事実は以下のようなものであることが認められる。

(1)  昭和三三年七月七日会社の運行管理人山川博が申請人等明番運転手全員に対して接客態度その他業務に関する諸注意を与えた機会に、運転手の稼動時間については、午前八時出庫、翌日午前二時帰庫、止むを得ない場合でも午前四時帰庫を遵守するよう指示したのに対して、申請外小川達也運転手及び申請人は帰庫時間を午前六時まで延長して欲しい旨申出た。申請人がこのような申出をしたのは、従来会社が運転手からの納金を受取る時間が午前六時とされていたため、それまで運転手において現金の保管に任じなければならず、不安不便を感じていたからであつた。

(2)  山川博はこれに対し、右稼動時間が陸運局その他関係官庁からの要望にかかるものであつて、会社の一存のみで帰庫時間の延長を認めることはできない旨回答した。

(3)  小川運転手は右説明で納得したが、申請人は、もし帰庫時間の延長が認められないものならば、会社は運転手の納金を帰庫直後に受取つてもらいたいと要求したところ、山川博は「お前のいうことは屁理屈だ。」と憤慨し、申請人もこれに言葉を返す等のことがあつた。

(4)  申請人は翌八日出勤したが配車されず、会社事務室の二階で石神健一、高橋長吉及び小山豊吉の各班長から前日の発言の撤回を勧められ、更に山川博からは始末書の提出を求められたが、いずれも拒否したところ、山川博より申請人が関係当局及び会社の規則に違反し、運行管理人の命令に従わなかつたことを理由に、八月八日限り申請人を解雇する旨を記載した書面を交付されて解雇の予告を受けた。

ところで会社は、申請人が帰庫時間の延長等に関する申請人の要求を会社において容認しない限り、会社の指示する稼働時間を遵守することはできない旨自説を固執して譲らなかつたと主張し、乙第一、第二及び第五号証並びに証人山川博の証言中には右主張に副うものがあるけれども、にわかに採用し難い。

前記認定の如く運転手の帰庫時間と会社の納金受領時間との間に四時間ないしは二時間の間隔がある状況からみるときは、申請人が帰庫時間の午前六時までの延長又は帰庫直後における納金領収を要求したことを以て一概に会社の業務命令に従わないものであるとして申請人のみを責めることは許されないものといわなければならない。現に、証人山川博もその証言において、帰庫直後に納金を受領してもらいたいとの申請人の会社に対する要求がある程度合理性を備えたものであることを認めているのである。

このようにみて来ると、申請人が山川博から始末書の提出を要求されてこれを拒否したからといつて、直ちに会社において申請人が会社の業務命令に違反したとして解雇を以て臨み得る程重大な秩序紊乱とも考えられないのである。

(三)  不当労働行為の成立

会社の組合及びその副委員長としての申請人の組合活動に対する在来の態度が叙上のとおりであつた一方において、会社が申請人を解雇する理由とした事由がその名目どおりには是認し得ないものであることを考え合わせるときは、会社が申請人の解雇を決意した決定的な動機は申請人の上述のような正当と認めるべき組合活動その他組合及び親睦会を統合する新しい労働組合の結成運動を嫌忌した点にあると認めるのが相当である。この点に関し証人山川博は、会社が申請人の解雇を決定したのは組合が解散してから一ケ月も経つた後のことであつて、申請人の解雇に当つては組合のことなど全然念頭になかつたとの趣旨の証言をしているが、前示のとおり、組合の解散は組合と親睦会とを統合する新しい組織としての労働組合を結成するための手段としてなされたものであつて、申請人は新しい組織を労働組合とすべきことを主唱し、受諾はしなかつたもののその結成準備委員に指名された程であるばかりでなく、申請人本人尋問の結果によれば、申請人は新しい労働組合の結成運動が会社の班長制実施によつて事実上停滞したとして、この状態を打開すべく新組合の結成促進について有志と相談したことがあり、このことは会社にも察知されていたことが認められるところからして、山川博の右証言は上記認定の反証とするに足りない。

してみると会社の申請人に対する解雇は労働組合法第七条第一項に違反し、労働関係の公序に反する事項を目的とするものであつて無効であり、従つて申請人と被申請人との間には現になお雇用契約が存続しているものと認めるべきである。

三、保全の必要

会社において申請人に対する解雇の意思表示により両者の間の雇用契約が終了したものと主張している以上、特に反対の事情の認められない限り、労働者である申請人が会社から被解雇者として取扱われることにより蒙るべき著しい損害を避けるため、申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める必要があるものというべきである。

四、結論

よつて本件申請を理由あるものとして認容することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 半谷恭一)

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